横濱一品香

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更新日:
 2023年1月22日



◎横濱一品香(2023年1月30日)
 「横濱一品香」は、1955年(昭和30年)1月に田代武雄氏が横浜市の野毛で創業した中華料理屋さんです。「横濱一品香」は、関東で食べられている「タンメン」の発祥の店と言われています。「横濱一品香」は株式会社一品香(いっぴんこう)(本社:神奈川県横浜市保土ヶ谷区、創業:1955年(昭和30年)、会社設立:1960年(昭和35年)4月、資本金:4,900万円、代表取締役社長:鳥生恒平)が運営しています。
 「横濱一品香」の創業者である田代武雄氏は、父親の田代房太郎氏とともに横浜市中区真砂町(現在のJR、関内駅の近く)で八百屋、「八百房」を営んでいたそうです。1923年(大正12年)の関東大震災、1941年(昭和16年)に勃発した太平洋戦争による横浜大空襲によって「八百房」は2度にわたって焼失したそうです。終戦後、田代武雄氏は蕎麦屋や豚カツ屋などを営んだ後、1955年(昭和30年)に「一品香」を開業しました。わずか3坪、カウンター9席のみの小さなお店でした。当時、横浜にカウンター席の麺店は無く、「横濱一品香」が初めて、このような形の店舗を開店したそうです。店名は「一品一品に誠意をこめて、最高の香味を」との思いを込めて「一品香」と名付け、「大陸風一品料理」と銘打ったそうです。
 「タンメン」は、創業当時からの看板メニューだったそうです。田代武雄氏が、戦後、満州から引き揚げてきた料理人がやっていた店で食べた料理を元に日本人向けに改良して作った料理が「タンメン」です。当時、ラーメンは1杯、30円程度だったそうですが、タンメンを50円で販売したそうです。値段が高いにも関わらず、味が良いことから売れたそうです。
 1958年(昭和33年)には2号店、「清正公店」を伊勢佐木町の清正公飲食街に出店しました。その後、1960年(昭和35年)4月には「株式会社一品香」を設立し、会社組織としました。さらに同年、横浜駅西口名品街に「西口店」、1965年(昭和40年)8月5日には横浜市中区福富町に新たに「本店」を開店させました。当時は、回転率を重視してメニューをタンメン、ラーメン、餃子、焼きそばの4品に絞って営業していたそうです。
 2021年(令和3年)1月、株式会社大阪王将、株式会社アールベイカーなどの外食事業会社を持つ株式会社イートアンドホールディングス(本社:東京都品川区、設立:1977年8月、資本金:20億2,900万円(2022年11月末現在)、代表取締役会長、CEO:文野直樹、代表取締役社長、COO:仲田浩康)が「横濱一品香」で知られる中華レストランを経営する株式会社一品香および、関連会社である有限会社一品香フーズの全株式を取得し、完全子会社化しました。
 「横濱一品香」のタンメンは、現在、改良を重ねながら「絶品たんめん」というメニューで提供されています。「横濱一品香」の「絶品たんめん」の特徴は、具の野菜です。キャベツを使うお店が多いですが、「横濱一品香」では甘みが出るキャベツではなく、スープのコクやすっきりとした美味さを出すために白菜をメインに使用しています。豚と鶏をベースに天然ダシを加え、透明感のあるスープを作り、胡椒、ニンニク、胡麻油をバランス良く配合して味を調えているそうです。
 麺は保土ケ谷区岡沢町にある自社工場で製造している少し幅が広い、平打ちの熟成多加水麺です。熟成多加水麺とは、小麦粉を練る際の加水率が高く、生地を寝かせて熟成させた麺で、伸びにくく、適度なモチモチ感とコシのある食感が特徴です。
 ちなみに1965年(昭和40年)に新しい「本店」として開店された「福富町店(横浜市中区福富町)」は建物の老朽化などから2018年(平成30年)2月に閉店しています。

・横濱一品香 保土ヶ谷店
 住所:神奈川県横浜市保土ケ谷区峰岡町1-20-5
 TEL:045-334-0643
 営業時間:11:00〜22:00
 定休日:元日
 駐車場:有
 アクセス:土浦北ICから南西へ車で約2km
 カード:可(JCB、AMEX、Diners)
 席数:60席