焼き鳥

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更新日:
 2020年8月10日



◎焼き鳥(2020年8月9日)
 「焼き鳥」とは、その名前通り、鶏肉(鳥の肉)を焼いた料理のことですが、一般的には「鶏肉を一口大に切って、串に刺して、直火焼き(串焼き)した料理」を指します。串に使わない場合もありますが、鶏を丸ごとではなく、一口大に切って焼く料理は、「焼き鳥」と呼ばれることが多いようです。また、一部地域では「鶏肉」以外の食材を串に刺して焼いた料理も「焼き鳥」と呼ぶことがありますが、ここでは「鶏肉」の「焼き鳥」についてまとめます。
 鳥肉を焼いて食べる習慣は古代からあったと考えられます。平安時代の「類聚雑要抄(るいじゅうぞうようしょう)」という書物(藤原親隆によって1146年(久安2年)頃に作成されたと考えられている)の一巻には、餐宴の料理として「鳥焼物」というものが記載されているそうです。
 ただ、現在のような形の「焼き鳥」が産まれたのは江戸時代のようです。
 1643年(寛永20年)に作られた料理本「料理物語」の「第四 鳥の部」には、鶴、白鳥、雁、鴨、雉子、山鳥、鸞、鳧、鷺、五位、鶉、雲雀、鳩、鴫、水鶏、桃花鳥、雀の17種類の野鳥と鶏、それぞれの調理法が記されているそうです。調理法は汁、煮物、焼き鳥、刺し身(茹でてから)、なます、などがあり、ここに「焼き鳥」の記載があります。
 1674年(延宝2年)の「江戸料理集」には「鴫類、うずら、ひばり、小鳥類、雉子、山鳥、ひよ鳥、つぐみ、雀、鷺類、鳩、けり、鷭」の鳥の名前とそれぞれの焼き鳥について記載されているそうです。
 1689年(元禄2年)に発行された江戸時代の料理本である「合類日用料理抄」の第四巻に「鳥の類」という項目があり、そこに「焼き鳥」という料理が載っているそうです。その「調理方法」は、「鳥を串に刺し、薄霜ほどに塩をふりかけ、焼き申し候。よく焼き申し時分、醤油の中へ酒を少し加え、右の焼鳥をつけ、又一遍つけて其の醤油の乾かぬ内に座敷へ出し申し候」と記述されているそうです。江戸時代初期には、焼き鳥が一般的に食べられていたようです。ちなみに「合類日用料理抄」には「鶏飯」という料理も記載されています。
 明治になると西洋の文化が入り、肉食が増えていったことから「焼き鳥」の需要も増え、焼き鳥の屋台も増えていったようです。ただ、当時、美味しい部分は煮物や鍋など、他の料理に利用され、「焼き鳥」に利用されていたのは、これら用の肉を採った後の残りだったようです。
 1902年(明治35年)に発行された「文芸界」の増刊「夜の東京」には、「焼き鳥の質をいへば、なるほど鳥には違ひないが、難の筋または臓腑である。それを田楽刺しにして、蒲焼にしたもので、1串が5厘、これが定まった相場で、動かぬ価値。買手はといへば、車夫、土方、馬方、立ン坊、そのやうな連中で、その味といったら、殆ど常識で判断されぬものださうだ。まさかに労働者とても、虫が好くといふわけでもあるまいけれども、しかも彼等仲間の唯一の滋養品として、その香気にだまされて、二串三串より、多きは五串六串の多きをぱくついて、以て血が殖えたと称して、舌鼓を鳴らしてゐる。」との記載があるそづえす。
 当時、焼き鳥として使われていた部位は筋や内臓が主で、肉を使う場合でも非常に固かったようです。焼き鳥に使っていた鶏は、卵を産み終わった廃鶏が主だったため、年をとって肉質が硬かったようです。
 焼き鳥が普及するのは、戦後、アメリカから食肉用ブロイラー(broiler)が輸入された昭和35年頃からのようです。「ブロイラー(broiler)」とは鶏の一品種で、食肉専用、大量飼育用に短期間で急速に成長させる狙いで作られた品種です。主な品種はチャンキー、コッブ、アーバーエーカなどです。生育がとても早く、生後数週間で出荷され、最大2kg程度の肉が取れ、日本国内では2017年度に6億7771万3千羽のブロイラーが出荷されています。
 このブロイラーの普及によって鶏の価格が下がり、結果、焼き鳥が大衆化していったようです。大衆焼鳥店が登場し、サラリーマンが会社帰りに立ち寄る場所として駅の近くに焼鳥屋が目立つようになっていったようです。
 現在では消費者の嗜好が変化しており、安さだけではなく、味で勝負する時代になっています。差別化を図るため、地鶏を使う店も増えています。値段の安さと味の点から、焼き鳥は全国的に人気を集めており、チェーン展開を図る店も増えています。